大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和43年(ネ)135号 判決 1969年4月07日

控訴人

江口肇

外二名

代理人

安田純治

外二名

被控訴人

右代表者

法務大臣

西郷吉之助

指定代理人

光広竜夫

外二名

訴訟代理人

福井富男

主文

控訴人らの本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人らはいずれも農林省林野庁所属の農林技官であつて、控訴人江口肇は林野庁前橋営林局福島営林署に、控訴人塚原宏夫および同近藤恒男は同営林局白河営林署に勤務していたところ、被控訴人は昭和四二年四月一日付をもつて控訴人江口を同営林局事業部土木課根利林道事業所に、控訴人塚原を同営林局浪江営林署事業課椚平製品事業所に、控訴人近藤を同営林局沼田営林署経営課に配置換えする旨発令し、同月四日控訴人らに対して右配置換えの各辞令を交付したことは当事者間に争がない。

二(一)  これに対して控訴人らは、被控人の右配置換えは控訴人らがその所属する各組合分会において指導的な役割を行つてきたこと、即ち労働組合の正当な行為をしたことの故をもつてなされた不利益な処分ないし被控訴人の不当な支配介入であるとの理由により被控訴人の右配置換えは不当労働行為であると主張し、各控訴人に対する配置換えの意思表示の効力の停止を求めるために本件仮処分申立に及んだことはその主張自体から明白である。

(二)  ところで行政事件訴訟法第四四条によれば行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為については民事訴訟法による仮処分をなしえないことと規定されているので、被控訴人のなした右配置換えの意思表示(以下本件配置換えという)が行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に当たるかどうかについて判断する。

(三)  国家公務員の国に対する勤務関係は公権力関係しかもいわゆる特別権力関係即ち特別の法的根拠に基づいて成立する国と国家公務員との関係で国法上の特定の目的のために必要な限度において国家に対し包括的な支配権が与えられ、国家公務員がこの支配権に服する義務を認められている関係である。公権力関係の本質はそれが一般権力関係であると特別権力関係であるとを問わず、元来国家共同体の本質ないし使命に内在するものとして国法が国家の行政の主体に特定の目的の範囲において優越的地位を認め、この地位に基づく国家の行政権の発動行為に優越的効力を認めている関係である。近代法は国家の行政権の意思発動を厳重に覊束する反面において、法律関係の形成、実現の過程において国家の行政権の意思に優越性を認め、国家公務員の意思いかんにかかわらず一方的に命令して国家公務員をしてこれに服従せしめ、又は一方的に法律関係を形成、変更、消滅せしめうるのみならず、その行為にいわゆる公定力を与え、行政事件訴訟法による訴訟の結果否定されるまでいわゆる自力執行力を認められているのである。

これをわが国現在の実定法規について見るに、

(1)  憲法第一五条第一、二項において、公務員を選定および罷免するのは国民固有の権利であり、すべて公務員は全体の奉仕者であり、一部の奉仕者でないと宣言し、同法第七三条第四号には、内閣は法律の定める基準に従い官吏に関する事務を掌理すると規定し、また同法第九九条には、公務員はこの憲法を尊重し擁護する義務を負うと規定しており、

(2)  これらの規定をうけた国公法は、職員の任免の根本基準、ことに免職基準(同法第三三条)、官職の欠員補充の方法としての採用、昇任、降任、転任等(同法第三五条、第三六条、第三七条)、任命権者(同法第五五条)、休職、復職、退職、免職手続(同法第六一条)、分限、懲戒、保障の根本基準、ことにその意に反する降任、休職、免職、降給の場合、これらに対する不服申立と訴訟との関係(同法第七四条、第七五条、第七八条、第七九条、第八二条、第八四条第一項、第八九条、第九〇条、第九二条の二)、服務の根本基準、ことに法令および上司の命令に従う義務、信用失墜行為の禁止、秘密を守る義務、戦務に専念の義務(同法第九六条第一項、第九七条、第九八条第一項、第九九条、第一〇〇条第一ないし第三項、第一〇一条)、政治的行為の制限その他の制約(同法第一〇二条、第一〇三条、第一〇四条)、勤務条件その他服務に関する必要事項(同法第一〇五条、等一〇六条)に関する諸規定を定め、

(3)  国公法のこれらの規定をうけて人事院規則も職員の任免(昭和二七年五月二三日人規八―一二)、勤務評定(同年四月一九日人規一〇―二)、職員の身分保障(同年五月二三日人規一一―四)、職員の懲戒(同日人規一二―〇)、不利益処分についての不服申立(同年九月二六日人規一三―一)、営利企業への就職(昭和二四年六月一〇日人規一四―四)、政治的行為(同年九月一九日人規一四―七)、営利企業の役員等との兼業(昭和二五年一〇月二日人規一四―八)に関する詳細な諸規定を定め、

(4)  また農林省設置法第九〇条には、農林省に置かれる職員の任免、昇任、懲戒その他人事管理に関する事項は国公法の定めるところによると規定し、同法および農林省組織令、同省組織規定によると、控訴人ら国有林野事業に従事する公務員、いわゆる五現業公務員の勤務関係に対しても前記国公法および人事院規則の諸規定の適用あることが明らかであり、

右(1)ないし(4)の国公法人事院規則等の諸規定により定められている控訴人らと農林省との間の勤務関係は、当事者対等私的自治の原則の支配する私法規定の関係とだけとは解釈しえない。前述の公権力的規律体制となつており、公労法により五現業公務員が公労法の規律に引下げられ、その勤務関係中には控訴人ら主張のような私法関係規律の適用を認められている分野のあることをも考慮してもなお、わが国の実定法規上前掲記の各国公法人事院規則による規律の適用を排除されてはいない。これが控訴人ら五現業公務員に対する勤務関係法規の実状である。

しかして控訴人らに対する本件配置換えは<証拠>によれば、控訴人らの任命権者である林野庁前橋営林局長森博によつてなされたものであることが認められるから、同営林局長が前記法規に基づき国公法第三五条、前記人事院規則八―一二第六条に定める欠員補充方法の一としてなされた任命権者の処分というべく、これら法規が他の方法として定めている採用、昇任、転任、降任の処分の場合と同様ひとしく同営林局長が行政権の主体としてなした処分その他公権力の行使に当たる行為といわなければならない。

控訴人らは五現業公務員の勤務関係は当事者対等、私的自治を原則とする私法関係であるとする強調力説するが、前記法律、規則等の諸規定を通覧検討するときは右勤務関係をその主張のような私法関係ということはできない。

(四)  もつとも公労法第四〇条第四項において五現業公務員に対する処分については労働組合法第七条各号に該当するものについては行政不服審査法による不服審査の申立てをすることができないと規定されているが、それは右第七条各号に該当する処分については公労法第三条により公共企業体等労働委員会(以下公労委という)に対して救済を求めることを認めているので二重の救済方法を講ずる必要がないことから出たものであつて、これがために公労委に対して救済を求めうる事項は行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為と認めない趣旨であるとは即断できない。

さらに公労法第八条には昇職、降職、転職等の基準に関する事項が団体交渉事項とされているが、これらの事項については公共企業体の組織法および国公法に規定のあるものについてはそれに違反しないかぎりにおいて団体交渉の余地が認められているに過ぎないから、右規定から本件配置換えが行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為と認むべきでないというのも当をえない。

(五)  なお控訴人らは五現業公務員の勤務関係には「労働力の提供と対価支払の関係」と「従事する業務内容等より生ずる特殊な地位に基づいて発生する権利義務関係」との二つの側面があると主張し、後者の関係から公法的権利義務を生ずることがあつても、その故に前者の関係をも公法関係とみることは誤りであることをるる主張するが、右のような理論の構成の是非はとも角として、前述のように実定法上五現業公務員に対する本件配置換えのような行政庁の行為が公権力の行使に当る行為とされていることを否定する論拠として十分なものとは認められない。

控訴人らの所論は前記のような勤務関係の分析を前提として結局五現業公務員の配置換えは「労働力の提供と対価支払の関係」であり、この分野については国公法等の規定の適用はなく、労基法が優先的に適用があるというに帰着するが独自の見解であつてもとより採用できない。

また控訴人らは別表掲記の国家公務員に関する各規定は地方公営企業の職員および三公社の職員に対してもそれと同様な規定が存在するから五現業公務員のみ勤務関係等について特別な取扱を受ける理由がないことをいうが、本件配置換えが行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為であるか否かは右表掲記のような諸規定が三公社職員にも存在するか否かのみで決せらるべき事柄ではないのでこの点に関する所論もまた採用できない。

また前述のように五現業公務員については公労法の適用があり、国公法の一部の適用除外があり(公労法第四〇条)、さらにその労働組合には団体交渉権、労働協約締結権等が認められており、国家公務員の場合とは異なつた取扱を受けているけれども、しかしそれだからといつて前段説明のとおり任免、分限、懲戒等に関する関係については他の国家公務員と同様な規律に服することには変りはない。結局右のような差異が存する事実もまた本件配置換えが行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為でないことの根拠とはなりえないといわなければならない。

三以上本件は不当労働行為を理由として本件配置換えの効力の停止を求めているものであるが、これについては公労法第三条による公労委に対する救済申立と裁判所に対する訴の提起とがあるところ、後者の場合には本件配置換えが前認定のとおり行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為である結果これが効力を争う方法は行政訴訟によるべきであつて民事訴訟による仮処分申立はなしえないものと解する。

控訴人らは行政事件訴訟法は問題の多い存在であるから出訴事項は制限的に解すべきであるというが独自の見解に過ぎない。

四以上説示のとおり本件配置換えはいわゆる行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為であるからこれが効力の停止を求める仮処分申請は不適法というべく控訴人らの右仮処分申請を却下した原判決は相当というべきである。

よつて民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき同法第九五条第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。(村上武 松本晃平 伊藤和男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例